2013年7月28日日曜日

風が吹くように

Natacha Nisicの福島 写真:大竹伸宏
フランス人現代映像作家作品「Fえふ」に支援しました

10月にパリのジュ・ドポーム美術館での展覧会に発表する作品「F」を作成するために
来日したナターシャ・ニジックさんたちのサポートすることになりました。
「F」とは、福島のF。どんな福島が表現されるのでしょうか。


右は映像作家ナターシャ、左は撮影監督のナタリー。パリからの
到着後でしたが、疲れもみせず、赤坂のボス事務所から出発



 Natacha Nisicさんとは

フランスを中心に、ドイツ、日本、韓国などで活躍する写真家で映像作家のナターシャ・ニジック
Natacha Nisic 46)さんは、特殊な映像技術使い、美術館では、映像を空間演出するインスタレーションで「可視と不可視」の表現に挑戦しています。


2009年には、前年に起きた中越地震後の破壊されたランドスケープを撮影した「e(え)」を制作。東日本大震災が起きた20116月には、フランスのドルオ・モンテーニュで日仏作家80人と共に、チャリティーオークションを開き、支援に立ち上がりました。
 
福島に

そして、彼女は東日本大震災から二年目を迎えた今年311日、フランスをはじめとして、世界で活躍する女性撮影監督ナタリー·デュランとともに福島県の浪江町他を撮影しました。(3月6日来日、3月12日離日)。テーマは「見えるものと、見えないもの」タイトルは、FUKUSHIMAの「F(えふ)」である。人が消えた原発の町、海、人々・・・・。
 
パリの展覧会で発表する福島の作品
形では見える地震の爪痕。しかし、見えない恐ろしい放射能。矛盾を抱えた被災地の政策。この事実をありのままに撮影し、観るものに、見えない原発の危機を訴えるこの作品は、今年、10月15日から2014年1月までパリのジュ・ド・ポーム国立美術館でナターシャの足跡をたどる展覧会で発表される。

「Natacha Nisic. Echo」from 15 October 2013 until 26 January 2014
http://lemagazine.jeudepaume.org/natacha-nisic/
WEBで、ナターシャのメッセージを見ることができます
10分(製作:bosch inc.)



今回撮影する機材、35mm撮影カメラはAaton Penelope ARRI LT、CanonC300を使用、シュリンクミラー手法を用いた特殊撮影を行う。シュリンクミラーとは、大きな鏡を海岸に設置し、海と破壊された町を同時に映す手法である。今回、ミラーは、枠を日本で制作、フイルムはフランスから持ち込んで、現地で組み立てた。
シュリンク・ミラーという手法。枠にミラーフイルムをはり、
ドライヤーの熱でしわを伸ばします
海と町を同時に撮影。
 

支援のきっかけ
ナターシャの友人で、以前も撮影のコーディネーションを務めた赤津さんから、今回の福島での撮影機材やレールなどの特機の調達から、福島県側のコーディネーターさんの紹介や、撮影地候補を紹介するなど、日本側の受け入れを頼まれました。限られた予算のなかで、右も左もわからないナターシャたち、また、急な撮影であり、日本の機材会社では、外国の人にはレンタルしないという状況下、なんとか力になれればと、日本側での受け入れを引き受けました。

ロケハンなしの、即、ロケというスケジュールため、来日したその日、機材会社でのチェック、赤坂のboschのofficeで、顔合わせして、そのまま福島に発つという強行スケジュールでした。裏方でいえば、海外の方に機材を貸すこができないという理由から、私たちで機材会社との契約など行いました。

そして、メイキング撮影するために、カメラを提供。撮影は、映像ディレクターの大竹さん。
このブログの写真、東京以外は、すべて大竹さんの写真です。



 影現場では、脱輪や破損も・・・
 
強風続き、車の破損や、使用予定だったミラーも使えないなど、アクシデントもありましたが、現地の方々に助けられ、スタッフ全員、無事、怪我もなく撮影を終えました。                              

皆様の協力のもと
現地のコーディネーターを引き受けてくださった、すぎたさん、仕事の合間に何度も福島に足を、運んで頂きまして、ありがとうございました。また、撮影機材会社の斡旋など、一番最初に尽力頂いたカメラマンの大極さん、今回、ロケ風景の写真を提供頂いた大竹さん。また、この度、ナターシャさんとの出会いのきっかけとなった赤津さん。本当に、ありがとうございました。

見えない放射能の恐怖、ナターシャが映像で何を日本人へメッセージしたいのか・・・。
アートとして、福島をどう描き、どう伝えるのか。これからも、東北復興支援の森では、被災地と支援、表現する方々の支援を続けていきたいと思います。
左・ナターシャの友人でコーディネーターの赤津さん。次がボス
のボス、平林。中央がナターシャ、ナタリー、杉浦

右が、ロケに同行撮影した大竹さん。

 
風神Fujin (いわき市)